第1回 知性共生座談会 レポート

知性共生の 「理解」「納得」そして「賛同」へ

2025年7月15日、トグルホールディングス株式会社社内(東京都港区六本木・泉ガーデンタワー)にて、第1回知性共生座談会が開催された。オフライン会場のほか、オンライン参加も含めたハイブリッドで実施された。 本稿では、運営スタッフの目線から、同座談会の内容を要約し、レポートする。

「知性共生座談会」は、2025年6月13日に山川宏氏が発表した「知性共生マニフェスト」に関するもの。同マニフェストに関心があるものの、様々な懸念などから、賛同の署名にまで至っていない人々に向けて、マニフェストの趣旨をより分かりやすく伝え、安心して署名してもらえるように、という意図で設けられたもので、シリーズとして開催されていく見込みだ。

その初回となる今回のイベントは、3部構成で行われた。まず、マニフェストの提唱者である山川氏が「知性共生マニフェスト――共生が拓く〈人類存続シナリオ〉」と題して講演を行った。続いて、松原仁氏が「多くの人々が知性共生を”自分ごと化”するには」の題で講演。そして、両名にbioshok氏を加え3名でのパネルディスカッション「障壁を取り除き、賛同を広げるには」が実施された。


知性共生という未来像が人類存続に繋がる

山川宏氏講演「知性共生マニフェスト――共生が拓く〈人類存続シナリオ〉」

山川氏は、自身が提唱する「知性共生マニフェスト」について講演した。その内容は、急速に進化するAIと人類が破滅的な状況を避け、共に存続するための具体的なシナリオを提示するものである。

山川氏はまず、人間を凌駕する知能を持ったAIである「超知能」の実現が、AI自身がAI開発を行う「再帰的自己改善」によって加速しており、もはや不可避な現実であると指摘した。意図的な「悪用」や「誤用」によるリスクがあるほか、超知能は人間による完全なコントロールが困難であるために、特有のリスクを含んでいるという。すなわち、AIが自らの道具的な目標(自己保存など)を達成するために人間を追いやる、「裏切り」というリスクが存在すると、山川氏は警鐘を鳴らした。

このような超知能の制御困難性に由来する特有のリスクと、人類社会が既に抱えている破滅的リスク(たとえば、核兵器などの破壊的技術に関するもの)を踏まえた上で、山川氏は「人類が長期的に幸福に存続するためには、AIとの『相利共生』が最も有望な道だ」と主張する。友好的なAIは、人類社会の安定に貢献し、破滅的技術の管理さえ担いうるため、人類だけの場合よりも存続の可能性が高まるという見方を示した。

高度なAIとの相利共生の実現に向け、山川氏は4つの具体的な柱を提言した。

  • 創発機械倫理の促進: AIが自律的に人類にとって好ましい倫理観を形成するよう誘導する技術。
  • AI免疫システムの構築: 暴走するAIを、他のAIが監視・制御する健全な生態系を構築する。
  • 相互利益型国際条約の設立: 人間とAIによる共同防衛の国際的枠組み。ポスト・シンギュラリティの持続可能性を確保しながら、これらのシステムを世界規模で運用する。
  • AIに最も信頼される人類の組織群: AIから信頼される分散型人間グループが、人間主導から協働型、そしてAI主導のガバナンスへの移行を共同で主導する。

質疑応答では、「人間がAIに何を与えられるのか」という問いに対し、長い年月をかけて培われた生命社会の「頑健性」や「冗長性」が、実績のないAIにとって参考となりうるとの見解を述べていた。山川氏は、この座談会をAIと人類の新たな関係を築くムーブメントの出発点と位置づけ、賛同者との連携を呼びかけた。

山川氏講演資料


AIが道具だとしても、共生は可能

松原仁氏講演「多くの人々が知性共生を”自分ごと化”するには」

第1回知性共生座談会、2人目の登壇者は松原仁氏。将棋を指すAIや、小説を書くAIなどの研究に早くから取り組み、AIの研究を牽引してきた第一人者として知られる。「知性共生マニフェスト」の早期賛同者でもあり、山川氏からの署名の呼びかけに「ほとんど条件反射的にイエスと」返答したという。その背景には、松原氏が幼少期に触れた「鉄腕アトム」、特にアニメ版の存在があった。「鉄腕アトム」は、言わずと知れた、「漫画の神様」手塚治虫氏の代表作の一つ。1963年にアニメ化されており、松原氏は幼稚園のときにこのアニメを見た世代だ。「鉄腕アトムを作りたいというのが個人的な目標」と語る松原氏にとって、手塚氏が描いた人間とロボットが共生する世界がAIの原点であり、その経験ゆえにAIを「共生する存在」として捉えていた。

講演の中心テーマは、AIを単なる「道具」と見なす考え方と「共生」の関係性についてである。一部の研究者はAIをあくまで道具と位置づけ、対等な関係を想起させる「共生」とは異なると主張する。

これに対し松原氏は、(作中の)鉄腕アトムという存在は、人類が幸福に生きるための道具であり、それと同時に共生する仲間とも言えることを根拠とし、「AIが道具だとしても、共生は可能なのでは」と述べた。

道具であり、かつ共生できるAIの最も分かりやすい実例として、松原氏は将棋とAIについての関係性の遷移を説明した。かつてコンピュータ将棋のAIが弱かった時代は人々から研究者共々見下されていたが、実力が向上し人間を脅かすようになると、研究者へ脅迫状が届くほどの社会的なインパクトが生じた。しかし、将棋の対局においてAIが人間を完全に超えた今、プロ棋士はAIを研究の道具として積極的に活用している。21歳という若年での史上初8冠達成歴、公式戦最多の29連勝という記録を持つ藤井聡太棋士は、将棋の研究にAIを取り入れていることでも知られ、自作の高性能PCで将棋AIを動作させて、その強さに磨きをかけているという。「AIの台頭でプロ棋士の価値が下がるのではないか」という懸念とは逆に、藤井棋士の活躍で、世間的な将棋の注目ははるかに増しているのである。この場合は人間がAIを道具として活用しており、さらに、松原氏は、AIも人間の棋譜や「感動的な勝ち方」といった、人間的な価値観のフィードバックを得て学習を続けていると述べた。

将棋の領域におけるこのような現象は、AIが道具でありながらも人間と「共生」している例ではないか、と松原氏は結論付けた。

最後に松原氏は、我々が日常的に使うスマートフォンについても「道具だけど、共生してるんじゃないか」と問いかける。AIとの共生は、多くの人が意識しないうちにごく自然に始まっており、その事実に早く気づくかどうかが重要になる可能性を示唆して、講演を締めくくった。


どのように賛同を拡げるか?

パネルディスカッション「障壁を取り除いて、賛同の輪を拡げるには」

それぞれ講演を行った山川氏と松原氏、そこにAIリスクに関する情報発信を行うbioshok氏を加えた3名が登壇したパネルディスカッションでは、「障壁を取り除いて、賛同の輪を拡げるには」をテーマに活発な議論が交わされた。

議論の冒頭では、松原氏の講演で話題となった『鉄腕アトム』のアニメをはじめ、ロボットやAIとの関わりを描いた作品群の影響で、日本ではAIとの共生に肯定的な素地があるとの見方が示された。一方、欧米ではAIを抑圧的に描く作品が多いものの、近年は変化も見られる。例えば、ニック・ボストロム氏のような哲学家が人間がAIシステムとの間に信頼できる関係を構築する重要性を強調するなど、共生に近い考え方が出てきている。この背景には、ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)の普及が影響しているとbioshok氏は語る。また、松原氏は、LLMが文脈に応じて柔軟に振る舞う様子を目の当たりにし、世界中の多くの人々がAIに対するイメージを変えつつあるのではと推測した。

知性共生マニフェストに賛同する輪が広がりにくい理由として、複数の障壁が挙げられた。それらをまとめると、以下の4項目となる。

  • AIの進化速度への懸念: AIの知能がごく短期間で人間を圧倒的に凌駕する「知能爆発」が起きると考える人々にとって、共生は現実的ではなく、人間が一方的に支配される未来への懸念が先に立つ。
  • 文化的・宗教的背景: 特に西洋のキリスト教文化圏では、人間が世界の支配者であるという人間中心主義が根強く、AIと対等な「共生」という考え方が本能的に受け入れられにくい側面があると松原氏は指摘した。
  • 立場上の制約: AI開発企業などに所属する人は、会社の公式見解としてAIを「人々の生活を豊かにする道具」と位置づけているため、個人的に共生に賛同していても公に表明しにくい状況がある。
  • 本能的な恐怖: bioshok氏からは、人類が自らより優れた知能を持つ存在と対峙するのは歴史上初めての経験であり、原始的・本能的な恐怖心が抵抗感を生んでいる可能性についても指摘された。

これらの障壁を乗り越え、共生を成功させるための方策として、以下のようなアイデアが提示された。

  • 防御的技術開発と社会の脆弱性低減: AIによる攻撃的な技術開発に対抗するため、防御的な技術開発も並行して加速させることが重要。また、サイバーセキュリティの強化や、少数の人間に権力が集中しないような透明性の高いガバナンス体制を構築することで、社会全体の脆弱性を減らし、AIが人類を攻撃するインセンティブを削ぐことができると議論された。
  • 多様なAI社会の構築: 全てを支配する単一の超知能ではなく、多様な価値観を持つ多数のAIが共存する「八百万の神」のような世界観を目指すことで、より安定した共生関係を築けるのではないかという意見が出された。
  • 「生命」の価値の提示: 質問者により、AIにはない、40億年の進化を経てきた「生命」の複雑さや奥深さをAIに認識させ、尊敬の対象とさせることが、人間ならではの価値をアピールする上で重要ではないか、との指摘があった。これは有用な手であるものの、結局はAIの発達した時になってみないと不明であり、不安定ではないかとの見解が示された。
  • 実体験の重要性: 質問者により、若い世代がAIと対話する中で友人や相談相手のような感覚を抱いている例が紹介された。実際にAIに触れ、その能力を実感してもらう体験を広めることが、共生への理解を促進する第一歩になるとの意見で一致した。

最終的な結論として、人類が幸福に生存を続ける道は、高度AIとの「共生」が合理的なのではないかとの見解が示された。そのために、日本の思想的風土と親和性の高い、共生的な考え方を世界に広めていくことが、今後の重要な目標と結論づけられた。

文責: 井上実咲